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はじめまして。kemomoと申します。
このBlogは、上橋菜穂子先生の長編小説『獣の奏者』へのリスペクトから生まれた二次創作小説を公開するために開設したサイト『エリンの木の下で』のブログコンテンツ部分にあたります。
2010年8月頃、小説の公開にあたり、そのいきさつを書き記してみようと思いたち、プログを始めたのですが、当時はその一作だけで終わるつもりだったものの何故か書きたい気持ちが消えず、時々新作を追加しているため、このブログはその更新情報と上橋先生の話題を中心として、続けております。
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2011年06月29日

原作つき作品の○○○化は難しい...

先日、今年の春ドラマ一番の注目作だった『仁-JIN- Part2』がついに最終回を迎えましたね。
私は原作未読でオンエアも数回しか見られなかったニワカですけど、一応内容は、テコ入れ特番などをチェックしていました。
今回は続編ということで期待度が大きかった割に、その出来については、賛否両論というよりは、原作既読者に限って言えば残念ながら、否定的な方々が多くおられるようで、早くもネット上には、ちらほらとそういった意見が上がり始めているようですね。

『獣の奏者』原作をこよなく愛しすぎるあまり、『獣の奏者エリン』に残念感を抱いている自分には、他人事ではないなあと思ってしまいました。
数あるそんなサイトの中でも、こちら
Mac界では有名な方なのですが、ご自身のページでその不満を思う存分吐露しておられます。

特にシンパシーを覚えたのは、重要なキャラクターにまつわる設定変更(現世の恋人としてのオリジナルキャラ・友永未来と、原作キャラの野風が瓜二つ)に対しての憤りの部分でした。

以下、私の心情を代弁してくださっているかのような橋氏の怒りの名言の数々を原文ママでお楽しみください。
こうした話しをはじめると映像の作り手から必ず出る物言いがある。それは「小説(漫画も)と映画・映像は別の創作物であり原作のままの映像化は決して良い結果にならない」といった類の言いぐさだ。
確かにその意見に一理あることは認めるが、その腹の底には映像化する側の勝手な都合が見え隠れするのも事実ではないだろうか。

私は多分に制作側の悪い意味における思い入れ過多と必要以上に物語に整合性・説明性を求めた結果だという気がしてならないのだ。

原作と映像化は別の手段だから」といったことなのだろうが、あえて申し上げるなら一歩間違えればそれは映像の作り手の驕りになってしまう。

原作通りでは自分たちの仕事の価値が薄まるとでも思っているのではないだろうか。あるいは原作を越えるストーリーを自分たちで作り上げたいとでも考えたのかも知れない…。別の言葉でいうなら自分たちの仕事に自分たちの爪あとを残したいという願望なのか…。

もし聞かせてもらえるならお聞きしたい。なぜ素直に原作に沿ったストーリー展開をしなかったのか…と。まさか原作では説明不足だからとか原作ではインパクトが不十分だからとは言わせない(笑)。

どうですか。身につまされることが多うございましょう?(苦笑)
そんなわけで、イベント会場などで何度かお見かけしたに過ぎない橋氏なのですが、是非一度お酒でも飲みながらじっくりお話をさせていただきたいという気がしてまいりました。


かたや、元からビジュアル情報のある漫画原作のドラマ化、かたやそれがない小説原作のアニメ化ということで、制作の難易度はアニメエリンのほうがはるかに高かったことでしょう。その点では、アニメスタッフの方々のお骨折りには敬服する部分も多々あります。
そりゃ、わたしもイアルさんの襟足がウザイとか、王獣の触角が妙だとかたまには言ってますけど、そんなのは本来瑣末事にすぎないのです。(ただし、エリンさんとイアルさんとジェシの髪の色の改変・遺伝の矛盾は許さない!)

けどですね、イアルさんにまつわる設定変更が源の数々の改変によって損なわれた原作の魅力の数々が心残りで、どうしても許す気持ちになれないのです。
たしかに、アニメエリンは、『仁-JIN-』ほど、結末が全くの別物に変わってしまったわけではありません。
しかし、橋さんのおっしゃる
制作側の悪い意味における思い入れ過多と必要以上に物語に整合性・説明性を求めた結果
という、改変するならするで完遂すべき最低限のミッションすら、アニメエリンでは達成できていなかったのです。だから、見るたびに粗が気になって、「別物としてはそれなりに評価しよう」という気持ちが萎えていくわけで...orz。


さて、
『仁-JIN-』はとにもかくにも原作の尺をコンプリートしましたけど、『獣の奏者』の原作には、ご存知のように、まだ使い切っていない部分があります
その部分のアニメ化を待望する声もあいかわらず聞こえてきますけど、あのアニメエリンの50話に繋げるのが無理なのは自明ですよね。
アニメ関係者のみなさまには、ぜひともこの橋さんのサイトの原文をじっくりとお読みになっていただき、ゆめゆめ続編なんてお考えにならないよう、肝に銘じていただきたいものです。



以前何度かご案内していますが、アニメエリンについて私がネチネチと粗探しをしたページはこちらです。物好きな方だけどうぞ。
posted by kemomo at 10:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小ネタ
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