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2010年09月02日

沁みこむ、滲みこむ.....

 

チラ見せの冒頭からいきなり、心をわしづかみにされてしまってはや半月、いよいよ明日は前夜祭です。

 


イアルさんが、エリンさんが難産で苦しんでいる産室の隣の部屋で、自分たちの「恋」の始まりのことを思い返しているのですが...。

ものすごく印象に残るのが
互いが互いに滲み込んでしまった
というフレーズです。
読んだ瞬間、ふっと思い出したのが、完結編の第八章-4、「白い朝」。

ここに、戦を前に療養という休暇の口実を与えられ、カザルムに帰郷したイアルさんとエリンさんの、例の * (房事)の翌朝、
このときの、このすべてを、身体に沁みこませ、とりこみたかった。
という独白があります。

この独白、初めて読んでからしばらくの間は、エリンさんの内面だと勘違いしていました。
「身体に沁みこませる」という表現が、ものすごく女性的な感じがしたからなんですけど。
だけど何度か読み返していて、
あ、これイアルさんの内面だった!! って気がついたんですよね。
何故って、この「白い朝」を含めて、第八章は、2の「私闘」以降最後までイアルさん(プラス、若干の客観)目線で描かれているから。
上橋先生の書き方では、たいていひとつの章まるごと、最低でも大段落の単位で、一人のキャラクターの目線に固定して内面も情景も描写されます。だからここに突然エリンさんの独白が入りこむはずがないのでした。
そうして考えると、イアルさんはこのとき、もうこれきりかもしれないという悲壮な予感の中で、こんなにもエリンさんのことを切実に求めていたのかと、思わず涙が...。

そして、この章の最後にイアルさんは、
戦場で、この朝のことを、自分はどんな気持ちで思いだすのだろう。
と物思いに耽ります。

すべてがうまくいって、勝利の喜びや安堵の気持ちとともに思い出すのか、
あるいは、もしかしたら──戦い傷つき、自分自身の今際の際に、か──。

イアルスキー冥利に尽きる章ですよ、ほんとここは。



そして、今回の「刹那」で、「沁みこむ(=感情)」ではなく、あえて液体の「滲みこむ」を持ってきたという点がまた、興味深いなと思います。
降臨の野のあと、二人ともそれぞれに、心が渇ききってしまっていたということなんでしょう。
イアルさんの「渇き」はもちろんですけど、エリンさんの「渇き」も。単にそのときラザルで辛い役目を負っていたからというばかりではないのだと思うんです。
自分とリランたちの先に明るい展望が持てないままで、端的に言うとやはり、
「愛に飢えていた」
ってことなんじゃないかと。

滲みこみ合うような恋愛かぁ...。うーん、上橋先生の言葉のセンスはやっぱりすごいです。
posted by kemomo at 18:51 | Comment(3) | TrackBack(0) | 『外伝・刹那』関連
この記事へのコメント
「このときの、このすべてを〜(略)」の一文は、自分もずっと気になって、何度も読み返していました。イアル視点だというのも同感です。3回目くらい読んだ後に、私が勝手に感じたことですが、実は詳しくは明記されていないけれど、「胸苦しさが広がった」から「…ジェシには会った?」までのこの間に、お互いの思いを確認するなんらかの行為が、密かに行われたのではないか(おそらくイアル側から)、と思ってます。
Posted by miya at 2010年09月03日 00:11
「沁みこむ」と「滲みこむ」に着目とは…、なかなか、深い考察ですね。
思わず、「何回読んだんだよ!」とツッコミたくなります。ここに来ている方たちはみんな付箋だらけにしていらっしゃりそうですが。

もうここまで深く抉るように考察してたら、130ページあまりの「刹那」本編だけではその答えの全ては提示できないような気がします。
そこは上橋先生ですから、行間に上手にいろんなヒントをちりばめてあるのでしょう。
「刹那」発売まで妄想の日々を過ごし、「刹那」からまた新たな妄想の日々が始まる…
新刊がそんな良書であることを、心より願っています。
Posted by ゆうこ at 2010年09月03日 14:09
miyaさんの考察、深いですね。思わず読み直してみました。少なくとも、エリンの髪に顔をうずめて匂いをかぐくらいはしたな、、、って思いました。「このときの、このすべてを、、」は私は何の違和感もなく、イアルさんの想いとして読み進めていたので、行間を、特に次のセリフの頭の「・・・」は見逃していました。
何度読んでも発見があるってよいですね♪
Posted by リマ at 2010年09月03日 19:24
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